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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11647号 判決

原告 ジャクリーン・ボズウェル

右訴訟代理人弁護士 浜四津尚文

同 浜四津敏子

被告 平和生命保険株式会社

右代表者代表取締役 武元忠義

右訴訟代理人弁護士 山下卯吉

同 竹谷勇四郎

主文

一  被告は原告に対し、金三二四万二六二九円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二二日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は全部被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  原告訴訟代理人は、「被告原告に対し、金三三三万三三三三円及びこれに対する昭和六〇年一〇月二二日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因及び被告の抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

(請求原因)

一  昭和五四年四月三日、原告の母亡利根弘子は被告との間において左記の定めにより保険契約を締結した。

被保険者 利根弘子

保険金額 死亡の場合には金一〇〇〇万円

保険金受取人 利根弘子の法定相続人

二  利根弘子は昭和五八年九月一二日に死亡した。

三  前記保険金請求権発生当時の利根弘子の法定相続人は、原告、訴外ジョージ・ボズウェル、訴外ジャニス・ボズウェルの三名である。

四  原告はその固有の権利として保険金請求権を取得したものであり(最判昭和四〇・二・二民集一九・一・一)また、保険金請求権は可分債権であって、相続人の人数で割った金額につき他の二名とは独立して自己の固有の権利として請求できるものである。

五  よって原告は、被告に対しその契約にもとづく死亡時の保険金額一〇〇〇万円を法定相続人三名で割った金三三三万三三三三円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和六〇年一〇月二二日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(抗弁に対する答弁)

一  抗弁一のうち、被告と亡利根弘子との保険契約の約款三一条一項に被告主張どおりの規定が存在することは認めるが、その効力に関する主張は争う。

右の規定は、保険会社の便宜上権利行使についての希望を述べたものに過ぎず、保険金受領の権利を立証したものに対しては、保険会社はその支払いを拒絶できないというべきである。原告は亡利根弘子の相続人であるジョージ・ボズウェル及びジャニス・ボズウェルとの間で口頭及び書面で本件保険金請求手続について説明し、その代表者を定める件につき話し合い、協力を求めたが、右両名は原告に対して感情的確執を有しているとの理由で協力が得られなかった。

《中略》

(抗弁)

一  被告と亡利根弘子との本件保険契約に引用されている普通保険約款では、保険金支払の請求について一定の手続規定を設け(同約款一一条)、かつ、保険金受取人が複数である場合には、代表者一人を定めてその代表者のみが請求することができるとしている(同三一条一項)。

これは、保険会社は大量の保険金を迅速確実に保険金受取人に支払わなければならない責務を負っているが、だれが真実の受取人であるか、特に受取人が複数である場合にはその権利の割合がどうなっているかを判定することは容易ではなく、そのため正当な受取人との間に無用の紛争を生じたり、調査のため支払いが遅延することがあるので、これを避けるために定められた約款である。

ところが、原告は右の約款の規定に従った請求の手続をしないので被告としては支払いを拒まざるを得ない。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因第一、二項は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、本件の保険金受取人として指定されている亡利根弘子の死亡当時のその法定相続人は、原告(養子、昭和二五年九月一一日出生)、ジョージ・ボズウェル(実子、昭和二二年二月二七日出生)のほか、亡利根弘子とその夫ジェイムス・ウイルバー・ボズウェルとの間に生まれ、父ジェイムズ・ウイルバー・ボズウェルの戸籍に届出がなされ、亡利根弘子の下で日本で養育されたが一〇歳のころ昭和四四年九月一七日の父母の離婚に伴い父に引き取られてアメリカに渡り、現在アメリカ合衆国カリフォルニア州ウッドランドヒルズに在住するジャニス・ポズウェルの三人であると認めるのが相当であり、他にこの認定を覆えすに足りる証拠はない。

三  右一、二の事実によれば、原告は、利根弘子の死亡により本件保険金額のうち法定相続分の三分の一相当の金額を被告に対し請求できる固有の権利を有するというべきところ、被告は抗弁一のとおりこれを争うので判断する。

《証拠省略》によれば、本件保険契約の普通保険約款においては、死亡保険金受取人は被保険者が死亡したことを知ったときは遅滞なく会社(被告)に通知するとともに、被保険者の死亡したことを知った日から二か月以内に保険金支払請求書、被保険者と死亡保険金受取人との戸籍謄本、死亡保険金受取人の印鑑証明書、保険証券等の書類を会社に提出することが求められている(一一条)とともに、「一保険契約につき保険契約者または保険金受取人が二人以上あるときは、各代表者一人を定めて下さい。この場合、その代表者は、それぞれ他の保険契約者または保険金受取人を代理するものとします。」と規定されている(三一条一項)ことが認められる(右三一条一項の規定があることについては、当事者間に争いがない。)。

ところで、本件のように、法定相続人を保険金受取人とする保険契約においては、相続人たるべき者は、保険契約の効力発生と同時に、被保険者の死亡を条件とする固有の保険金請求権を取得するのであり、相続人たる保険金受取人が複数ある場合においても共同してその権利を行使しなければならないものではなく、保険金受取人は、自己が正当な保険金受取人であること及び保険金受取人が複数ある場合にはその権利の割合ないし数額を証明して、個々に保険金を請求できるものと解すべきである。死亡保険金の請求について各種の書類等の提出と複数の保険金受取人がある場合にその代表者を定めるべき旨を定めた右保険約款の各規定は、保険金の請求、支払手続の簡明さと迅速性を確保し、保険会社と複数の保険金受取人間において保険金の請求、支払いに関する紛争や二重払いの危険が生ずるのを回避するための便宜から定められたものに過ぎず、個々に自己の保険金請求権の存在を証明した保険金受取人に対しては、保険会社はその支払いを拒むことはできないというべきである。けだし、本件保険約款の三一条二項には、「前項の代表者が定まらないとき、またはその所在が不明なときは、会社が保険契約者または保険金受取人の一人に対してなした行為は、他の者に対してもその効力を生じます。」として、保険会社側の判断にかかるものの代表者の定まらない場合にも保険金の支払いに応ずる場合があることを予定しているのみならず、複数の保険金受取人間においてその権利の割合につき争いがあるときは、保険金受取人はその割合を確定した上保険会社に対し保険金請求権を証明する方法はあるにしても、同一契約の他の保険金受取人に対し特定の保険金受取人を代表者に定めるべきことを求めうる実体法上の請求権があるとは考えられず、右保険約款三一条一項を根拠にしてこれを他の保険金受取人に請求することも困難であるといわざるを得ないから、本件のように、代表者を定めることにつき他の相続人の協力が得られない限り(この点は、《証拠省略》から認められる。)、保険会社はいつまでも保険金の支払いを拒みうるとするのは不合理であるからである。

したがって、被告の抗弁一は失当である。

四  抗弁二の事実については当事者間に争いがないから、本件保険金残額は合計金九七二万七八八九円であり、被告は原告に対し、その三分の一に当たる金三二四万二六二九円(一円未満切捨て)の保険金を支払うべきである。

五  よって、原告の請求は右金三二四万二六二九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一〇月二二日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井史男)

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